人間の感性と芸術:バレエを通じて見える世界

 日本は梅の香りが感じられる穏やかな季節となってきました。 
 あなたが亡くなって26年目のこの日に、ご興味を示されていた感性について、少しだけわかってきたことがあるのでここに書きます。総説のようにまとまった内容でないことご了承ください。本当はあなたの愛した絵画と音楽で伝えたいのですが、私はこれに疎いので、例は私の愛するバレエで記載します。 
1.良いと悪い 
 人間は単純なものを良いと感じ、複雑なものを悪いと感じます。ですから、Secondeで左右に伸ばした腕が、右手の指先から左手の指先まで一筆の大きな弧を描けば良いと感じるのです。一方で指先が四方を向いたり、肩ひじ手首の関節が一か所でも異なる角度となると悪いと感じます。 
 ただし、服と同じように慣れや飽きがあり、さらには見聞きの経験があるほど'良い'の幅が広がることから、振り付け師は一様に同じことを続けられないジレンマがあります。 
2.美しいと醜い 
 美しいとは規則性を感じているということのようです。VaganovaでもRADでも腕や脚の動きに決められた軌道とアクセントのつけ方があるので、これを私は美しいと感じているのだと理解しました。さらに、規則性が細部まであることが分かるとより美しさを感じるのです。ダンサーは手のひらや足の角度にも注意を払う必要がありそうです。日本のコンクールでは身体全体の動きが適度に一致していることを求められ、これをCoordinationと呼び大切にされます。それから流派の一貫性を'質'と呼びこれも大切な評価指標になっています。察するに美しさを求めているのでしょう。そうそう、ここに書いた美しさは、数式に感じるそれと脳は同じ反応を示すそうですよ。 
3.音楽性 
 イギリスの有名な音楽の教科書ですら厳密な定義を避けている言葉ですが、先日興味深い論文を読みました。高い音に合わせて手を高く上げ、低い音に合わせて手を下げると、手を上下した人物のことを人は'音楽性がある'と感じるのだそうです。確かに音に合わせて手を挙げる歌手や、楽器の先端を持ち上げる奏者を高く評価する場合があります。言い換えると、観客は視覚と聴覚の同期にダンサーの音楽性を感じるのです。耳で感じたリズムとその時の周波数の変化量と、身体の動きの同調ととらえると、単純な微分で音楽性の一部の側面を評価できそうな気がします。 
4.メロディ 
 ご承知の通り、人間は等比で感じています。ピタゴラスはどうやってこれを知り、音階を作ったのかと驚くばかりです。 
我々が感じるメロディとはゲシュタルトのグルーピングです。一部を異なる楽器に換える技法をチャイコフスキーが取り入れていますが、彼はこの点に気づいていたのでしょうね。また、グルーピングの最大値は5±1ほどです。シューマンは8つの音を使ってメロディにしていると反論が来そうですが、よく聴いてみてください。8を4,4に分けています。 
5.アクセント 
 音の強弱を表現できない楽器では、一音を長くすることでアクセントを表現するそうです。ここからは私の考えですが、人間は音の強弱表現は困難なことから、舞踊におけるアクセントとは一つの動作を停止してみせることだと理解しています。停止といっても完全に止まるわけではなく、音に合わせて身体を伸ばしたり上げたりしたほうがよいです。また、停止前後の動作の加速度の強弱があるとそれらしく見えます。 
長くなってしまいましたが、「ミオシンが二足歩行していることも知らないくせに」と心の中で負け惜しみを言いながらも、私が生まれ変わっても超えられないであろう芸術家たちを師として仰ぎ、これからもバレエを愛し踊る日々を過ごすつもりです。 
参考文献 
https://www.nature.com/articles/s41598-022-06210-x 
https://www.nature.com/articles/nrn2152 
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